大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 昭和30年(ワ)276号 判決

原告 山口昌和自動車工業株式会社こと三上小一郎

被告 株式会社広島相互銀行

被告 補助参加人 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対して金二百万円及びこれに対する昭和三十年六月二十八日より完済に至るまで日歩六厘の割合による金員を支払いせよ、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、

その請求原因として原告は昭和三十年六月二十七日被告銀行の岩国支店に山口昌和自動車工業株式会社名義をもつて金二百万円を普通預金として預入れた。原告は右預入当時設立準備中(定款作成し発起人組合成立ずみ)であつた右会社の発起人の一人でありその設立準備金に引き当てるため原告所有の金を右会社名義をもつて預入れたものである。被告は右預入金は昭和三十年七月五日岩国税務署長により訴外三上八十右衛門(原告の父)に対する国税滞納処分として持ち去られたので払戻しすることができなくなつた旨主張する。然し原告と訴外三上八十右衛門は父子の関係こそあれ別人であるのみならず原告は自動車の修理販売業を営み右訴外人は金融業を営みその住所、生活、事業等を異にし各自独立の生活を営んでいるものであるから右訴外人に対する国税滞納処分は原告において関知するところでない。被告銀行の岩国支店は昭和三十年七月五日右預金相当額の自行小切手を発行し岩国税務署長に任意支払つているがかかる支払いにより原告に対する前叙預け人金及びその利息金の支払義務を免れることはできない。よつて被告に対し右預入金二百万円及びこれに対する預け入の日の翌日より普通預金の利率である日歩金六厘の割合による金員の支払を求めるため本訴請求に及ぶ旨陳述し、

補助参加指定代理人の主張に対し、昭和三十年七月五日に本件預金に対し参加人主張の如き差押がなされた事実を認める。被告銀行が昭和三十年七月六日額面金二百万円の小切手を振出したこと、岩国税務暑がその翌日現金二百万円を受領したことは不知、訴外三上八十右衛門に対する差押調書謄本の送達日は同年七月六日であると陳述し、

証拠として甲第一乃至第七号証を提出し証人長合勇、同岡部忠、同三上八十右衛門の各証言、原告本人訊問の結果を援用し丙第一乃至第七、第十一号証の各成立を認め丙第一号証を利益に援用し丙第八、九、十号証の成立は不知と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、

答弁として、原告主張事実中被告において昭和三十年六月二十七日山口昌和自動車工業株式会社名義で金二百万円の普通預金の受入れをしたこと、原告と訴外三上八十右衛門が父子の関係にあること、被告において右預入金は昭和三十年七月五日岩国税務署長により訴外三上八十右衛門に対する国税滞納処分として持ち去られたので右預金を払戻すことはできない旨主張していることを認める。右預入金が原告の所有に属し原告主張のような目的の下に預入れたものであることは不知、岩国税務署は右預金は実質上訴外三上八十右衛門の預金であるから国税滞納処分として差押える、将来被告銀行に対し責任を追及される場合は税務署が責任を負うというので右預金を税務署へ払渡したものである。よつて被告としては原告の請求に応じ得ないと陳述し甲第一、二、三号証の成立を認め甲第四号証につき原本の存在とその写であることを認めた。(甲第五、六、七号証につき認否なし)

補助参加指定代理人は、岩国税務署長(国)は被告銀行に対する山口昌和自動車工業株式会社名義の預金を訴外三上八十右衛門の預金と認定し右訴外人に対する国税滞納処分としてこれを差押へ取立を完了したものであるから、右預金が原告に帰属するということになれば取立を完了した金員はこれを被告に返還せねばならなくなるので右被告を補助するため本申立に及んだ旨申立て、本件預金は(イ)昭和三十年七月五日岩国税務署収税官吏大蔵事務官岡野進、古志正男、久保田元明等が訴外滞納者三上八十右衛門(以下訴外人という)の昭和三十年度申告所得税随時納期分金三百四十万五千八百円、及びこれに対する附帯金の徴収のため岩国市向今津二千九百八十五番地所在の右訴外人宅に臨み、財産差押のため原告を立会人として屋内を捜索中奥八畳間寝室において紙製洋服函の中より被告銀行の岩国支店預入れの和田八重子名義の金五十四万九千四百三十八円の普通預金通帳一通を発見し、これを右訴外人において保管していた事情から右訴外の預金と認め直ちに債権差押の手続をなし、更に調査したところ右岩国支店より平野誠一名義の右訴外人の普通預金二百十二万八千二百六十八円が昭和三十年五月十八日現金で出金されていることが判明したので右岩国支店の支店長中原信也に対し右訴外人の預金の有無を質問すると共に前記和田八重子名義の預金の開始日である同年六月二十七日の入出金伝票綴の任意提供を求めたところ山口昌和自動車工業株式会社三上小一郎名義の預金元帳の提供を受け、その上同支店長から「これが三上八十右衛門のものでしよう」といわれたこと、(ロ)前記山口昌和自動車工業株式会社名義の預金預入れに使用されている印鑑が三上小一郎と彫刻されていたのでこれが調査のため昭和三十年七月五日(差押当日)午后四時頃前記収税官吏岡野進外二名が原告の勤務先である岩国市今津東所在の山本モータースに原告を訪ね同店附近の道路上で「原告が三上小一郎と彫られた印鑑で預金をしたことがあるか、又山口昌和自動車工業株式会社名義の預金ならびに金二百万円の預金をいづれかの銀行へしている事実があるか」と聞いたところ同人は「三上小一郎と彫られた印鑑は相当以前から亡失して居り自分は持つていない。又そのような印鑑で自分は預金したことがない。自分は以前八十右衛門から借り受けていた金百五十万円は岩国税務署長へ昭和三十年六月二十五日付内容証明郵便で通知したとおり弁済しており自分としては営業から生ずる利益もなく自分の名で預金は全くない。又山口昌和自動車工業株式会社は全然知らない」と陳述したこと、(ハ)補助参加人は原告から右内容証明郵便により、訴外人に金百五十万円返済した旨の通知を受けておりその後一日を経た昭和三十年六月二十七日原告において金二百万円を預金したとは考えられないこと、(ニ)平野誠一名義の訴外人の普通預金の解約利息が本件預金及び前記和田八重子名義の預金の開始日に引出されて居り、本件預金の預入れ手続が同時にとられたものと判断されたこと、(ホ)原告は差押当時自動車の販売業を営んでいたと称しているが岩国税務署に対しそのような営業及び所得の申告がなされて居らず当時前記訴外人の雇人としてのみ申告されていたものでこれが給料から勘案して原告自身で本件の如き預金していたものとは認められないこと、(ヘ)右訴外人は滞納税に対する所得額の調査時において前記岩国支店へ平野誠一(同人の女婿)名義の普通預金、三上小一郎(原告)名義の定期預金、及び山口相互銀行岩国支店へ平野誠一名義、平野多喜子(同人の娘)名義、佐々木伊三(仮空)名義の普通預金、平野多喜子名義の定期預金をしていたもので本人名義の預金は全くなく他人名義あるいは仮空名義の預金をして第三者の眼をのがれて居り、然も岩国支店の預金の如く所得額の調査時において税金の徴収を免れる目的をもつて直ちに現金を以て引出していたもので本件預金も以上の理由により滞納税金徴収による差押の処分を免れる目的をもつて、原告名義で預金をしたものと認められたこと、等を綜合し前記訴外人のものと認定し同人に対する滞納処分としてこれを差押へたものである。而して右債権差押は岩国税務署長枝川光蔵が昭和三十年七月五日差押をなし同日被告銀行に通知し即日被告銀行の岩国支店において右通知を受領し、滞納者である三上八十右衛門に対し昭和三十年七月五日右差押調書謄本を送付したものである。よつて右差押は適法に行われたものである、と陳述し、

証拠として丙第一乃至第十一号証を提出し証人中原信也、同古志正男、同和田八重子の各証言、原告本人訊問の結果を採用し甲第一、二、三号証、第五号証、第七号証の各成立、甲第四号証につき原本の存在とその写であること、甲第六号証中印鑑証明部分の各成立を認め第六号証中のその余の部分の成立は不知と述べた。

理由

被告銀行の岩国支店において昭和三十年六月二十七日預金者を山口昌和自動車工業株式会社とする金二百万円の普通預金を受入れていたことは原告、被告間に争なく、岩国税務署長枝川光蔵が同年七月五日右預金を滞納者訴外三上八十右衛門の預金と認定し国税滞納処分による債権差押をしたこと、被告銀行において岩国税務署長よりの右債権差押に基く支払要求により任意これが支払をしたこと、は本件各当事者間に争がない。而して原告は右金二百万円の支払は同年七月五日行われた旨主張するところ当事者間成立に争のない甲第二号証は当事者間成立に争のない丙第五号証、と比較検討するとき右主張事実を認めるに足らず他にこれを認めるに足る証拠がない。右丙第五号証証人中原信也の証言を綜合すると被告銀行において昭和三十年七月六日額面金二百万円の自行小切手を振出し岩国税務署員に交付し右支払をした事実を認めることができる。

そこで被告銀行は右支払により前記山口昌和自動車工業株式会社名義の預金の支払義務を免れることができるか否かについて考えて見る。国税徴収法に基く滞納処分による債権差押が滞納者以外の第三者の債権を滞納者に属するものと誤認しなされたときはこの差押は違法(無効)であり第三者に対し差押の効力を及さない。然しながら無効の行政処分(差押)と雖も一応有効と推測せらるべき形態で成立しているので(行政処分の不存在と異り)その無効が公に認定せられるまで何人もこれを無視し得べきものではない。これを本件について考えて見るに岩国税務署長(国)は国税滞納処分として本件預金二百万円に対し為した債権差押により国税徴収法第二十三条ノ一により右預金債権の取立権を取得し第三債務者たる被告銀行に対しその支払を要求する権限を有するものである(右預金が滞納者三上八十右衛門のものでなければ取立金が国の所有に帰属しないこと勿論である)から岩国税務署長(国)は右預金債権の準占有者と目すべきものであり、一方被告銀行はいわゆる行政処分の公定力との関係上仮に右預金が原告の預金であり訴外三上八十右衛門に属さないものとしても公にこの事実が認定されない以上前叙差押に基く支払請求を無視することは困難であるから前叙支払は善意になされたものと推定すべきであり、この推定を覆し悪意の下に支払われた事実を認定するに足る証拠はないそうすると被告銀行の前叙支払は本件預金債権の準占有者たる岩国税務署長(国)に対し善意になされたものとしてその効力を有し、預金者に対しその支払を免れ得るものといわねばならない。

よつて本件預金債権が原告に属するか否やに付き判断するまでもなく原告の本訴請求を失当として棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決した。

(裁判官 藤田哲夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例